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東京高等裁判所 平成8年(行ケ)54号 判決 1997年5月13日

大阪府大阪市北区堂島浜1丁目2番6号

原告

旭化成工業株式会社

同代表者代表取締役

弓倉礼一

同訴訟代理人弁理士

加々美紀雄

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 荒井寿光

同指定代理人

千 馬隆之

園田敏雄

後藤千恵子

小池隆

主文

特許庁が平成7年審判第11017号事件について平成8年1月16日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

主文と同旨の判決

2  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和59年12月3日出願に係る特許出願(昭和59年特許願第254207号)の一部を特許法44条1項の規定に基づき分割し、平成3年11月21日新たな特許出願(平成3年特許願第306093号、発明の名称「密封袋」。以下「本願発明」という。)をしたところ、平成7年4月14日拒絶査定を受けたので、同年5月25日審判を請求し、平成7年審判第11017号事件として審理された結果、平成8年1月16日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年2月28日原告に送達された。

2  本願発明の要旨(特許請求の範囲第1項記載のもの)

フィルムを融着してなる密封袋であって、該融着部端縁部の端縁線に対して横断方向に多数の微細な端縁線に対し略垂直方向の細長形状の傷痕を千鳥形に設けたことを特徴とする密封袋。(別紙図面1参照)

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨は前項記載のとおりである。

なお、上記の「融着部端縁部の端縁線に対して横断方向に多数の微細な端縁線に対し略垂直方向の細長形状の傷痕を千鳥形に設けた」はその文理上の意味が必ずしも明確ではないが、発明の詳細な説明に記載した発明の趣旨からみて、「融着部端縁部の端縁線に対して横断方向に、多数の微細な傷痕を千鳥形に設けたこと」、及び当該傷痕が融着部の「端縁線に対し略垂直な細長形状の傷痕であること」を意味するものと解される。

また、上記の「千鳥形」は、発明の詳細な説明を参酌しても、その傷跡の長さ、傷跡の前後左右の間隔を特に規定するものではなく、したがって、その配列の形態を特定するものではないから、これは文字どおり、横に隣接する縦列が、列の縦方向に互いにずれていることを意味するに止まり、換言すると、多数の傷跡が縦横に整然と配列されているものではないことを意味するに止まるものと認められる。

(2)  ところで、特開昭58-160251号公報(以下「引用例1」という。)に、融着した端縁線に対し略垂直な細長形状の無数の傷痕を設けて、袋の端縁からの引き裂き開封を容易にした密封袋が記載されている。そして、回転砥石、ワイヤブラシ、砥粒入りシート材等によって上記の傷痕を高密度で形成することが引用例1に記載されているのであるから、このものの傷痕の配列は不規則であることが推認される。

(3)  そこで、本願発明と引用例1に記載されたものと比較すると、引用例1に記載されたものは傷痕の配列が不規則であるのに対して、本願発明の傷痕の配列は千鳥形(すなわち、横に隣接する縦列が、縦列の方向に互いにずれている配設)である点で相違し、その余の点において一致しているものと認められる。

(4)  上記相違点について検討する。

<1> 引用例1に記載されたものは、上記傷痕の配列を不規則にし、その密度を極めて高密度(例えば20/cm~100/cm)にするものであるから、開封端線に幾つかの線状の傷痕が必ず交差した状態になり、袋は当該傷痕から容易に引き裂かれて開封されるものである。

プラスチックフィルムの密封袋の開封を容易にするために、その開封端に設ける傷痕の配列に規則性をもたせて、隣接する傷痕の縦列を横(開封端線と平行)に整列させることは従来周知である(必要なら一例として、実公昭54-22484号公報参照)。

傷痕の配列が不規則である場合は、必ず多数の傷痕を開封端縁線と交差させることができるのに対して、縦横に規則性をもたせて整列させるときは、開封端縁線に対する傷痕の縦列方向の位置の如何によっては、傷痕を開封端縁線に対して交差させることも、交差させないこともできることは明らかである。したがって、開封端縁線に対して傷痕を縦列方向に所定の規則性をもって配列するために、引用例1に記載されたものの傷痕の配置を縦横に整列した配置に変えること自体は、傷痕の配置に縦横に規則性を持たせることと、規則性を持たせないこととの得失を勘案して、当業者が適宜採用できた単なる設計変更である。

<2> また、傷痕を千鳥形にすると、開封端線に幾つかの線状の傷痕が交差した状態にすることができ、あるいは、開封端線に幾つかの線状の傷痕の先端が隣接した状態にすることもでき、前者の場合は引き裂きにくいプラスチックフィルムについても容易に引き裂くことができ、後者の場合は、薄くて比較的弱いプラスチックフィルムについては傷痕から自然に裂開することを回避しつつ、容易に引き裂くことができる。これが相違点の作用効果であると本願明細書の発明の詳細な説明に記載されている。

<3> しかし、この作用効果は傷痕の千烏形の配列が特定の配列(傷痕の長さが傷痕の縦方向間隔よりも小さく、かつ、縦列方向の前後の傷痕の中間に位置する配列がこの場合に当たる)であるときに生じることは否めないが、本願発明は傷痕の配列を特定の千鳥形に特定したものではないから、この作用効果は本願発明の作用効果であるとはいえない。また、開封端縁線を傷痕の配列に対して前後に変えることによって、切断縁線を傷痕によって交差させることも、また傷痕を切断縁線から若干引っ込めることもできることは上記周知のものについてもいえることであって、千鳥形の配列にしたことによる独特の作用効果であるともいえない(このことが、同じ密度の上記周知例のものを、密度を変えないで、千鳥形に変更した場合、千鳥形のものの傷痕の横方向間隔が周知例のものの2倍になることを理由に、その痕を開封端縁線から引っ込めて配置したものは、比較的弱いプラスチックフィルムについては傷痕から自然に裂開する可能性が小さくなることを意味するとしても、比較的弱いプラスチックフィルムは傷痕から自然に裂開する可能性の大小は、引っ込められた傷痕の先端と開封端縁線との間隔によって左右されることは是認できるが、極めて高密度に設けた傷痕の横方向間隔が2倍であることが、当該可能性の大小を大きく左右するとは必ずしもいえない。したがって、これは当たらない。

<4> さらに積層フィルムの製袋の引き裂き開封を容易にするための切れ目の配列について、これを千鳥形とすること、及び、縦横に整列させることが実開昭52-144911号マイクロフィルム(以下「引用例2」という。)の第2図A、第2図C、及び実施例の説明に記載されている。

<5> 引用例2には、開封端縁線に切欠部4を設けて、積層フィルムについて引き裂き操作を容易にすることが記載されているが、この切れ目2を設けたことによって、フィルムの引き裂き抵抗を小さくしていることは明らかである。また、この切れ目の配列として千鳥形にすることと、切れ目を縦横に整列させることとは同等であることを引用例2の記載から窺い知ることができる。

さらに、切れ目を縦横に配列したものに比して、同じ密度のものを千鳥形にするときは、その横方向間隔が2倍になり、したがって、開封端縁線においてこれに交差する傷痕の間隔が1/2になることは引用例2の第2図Aと第2図Cとの関係から明らかなことであり、また、切れ目の縦方向間隔が切れ目の長さとほぼ等しい千鳥形の場合は、開封端縁線の切れ目の配列に対する前後方向の位置の如何に関わりなく、必ず開封端縁線が横一列に並ぶ切れ目にと交差することを引用例2の第2図Aから明らかなことである。

したがって、引用例1に記載されたものの傷痕の配置を規則性のある配置とするについて、その一形態である千鳥形とすること、すなわち上記相違点は、引用例2に記載された上記発明とに基づいて当業者が容易に採用できたことであるということができる。

(5)  以上のとおりであるから、本願発明は引用例1に記載された発明と引用例2に記載された発明とに基づいて、本願出願の出願前に当業者が容易に発明することができたものであるという外はない。

それゆえ、特許法29条2項の規定により、本願発明について特許を受けることはできない。

4  審決を取り消すべき事由

審決の理由の要点(1)ないし(3)は認める。同(4)のうち、<2>、<4>は認めるが、その余は争う。同(5)は争う。

審決は、相違点についての判断を誤り、かつ、本願発明の顕著な効果を看過して、本願発明の進歩性についての判断を誤ったものであるから、違法として取り消されるべきである。

(1)  相違点についての判断の誤り

<1> 審決は、「引用例1に記載されたものは、上記傷痕の配列を不規則にし、その密度を極めて高密度(例えば、20/cm~100/cm)にするものであるから、開封端線に幾つかの線状の傷痕が必ず交差した状態になり、」(甲第1号証4頁15行ないし19行)と認定しているが、誤りである。

引用例1(甲第3号証)に記載された密封袋の傷痕は、袋を構成するシートの端縁部端縁線上に横方向単列に形成されるように微細な引掻傷が付設されるものである。そして、引用例1には、傷痕を付設するに当たって、この配列を特に意図的に不規則に配列する旨の記述はなく、傷痕の配列については全く何の認識も示されていない。まして、袋の端縁線上に傷痕が必ず交差するように、これを不規則に配列する意図は引用例1のどこにも認めることができない。

<2> 審決は、「プラスチックフィルムの密封袋の開封を容易にするために、その開封端に設ける傷痕の配列に規則性をもたせて、隣接する傷痕の縦列を横(開封端線と平行)に整列させることは従来周知である」(甲第1号証5頁2行ないし5行)としているが、上記事項は本願出願前周知ではない。

上記事項が周知であることを裏付けるものとして引用されている実公昭54-22484号公報(甲第5号証)の第2図、第3図には、縦横に整列した、引裂開始点列が示されているが、これは縦横に整列させる趣旨を示しているのではなく、引裂開始点列を内側に向けて順次小さくして同公報3欄33行ないし4欄5行に記載の作用を実現させるための配列を模式的に示しているものであって、「開封を容易にするために、その開封端に設ける傷痕の配列に規則性をもたせて、隣接する傷痕の縦列を横に整列させること」を示しているわけではない。

<3> 審決は、「傷痕の配列が不規則である場合は、必ず多数の傷痕を開封端縁線と交差させることができるのに対して、縦横に規則性をもたせて整列させるときは、開封端縁線に対する傷痕の縦列方向の位置の如何によっては、傷痕を開封端縁線に対して交差させることも、交差させないこともできることは明らかである。」(甲第1号証5頁8行ないし14行)としているが、全く根拠のない判断である。

<4> 審決は、「したがって、開封端縁線に対して傷痕を縦列方向に所定の規則性をもって配列するために、引用例1に記載されたものの傷痕の配置を縦横に整列した配置に変えること自体は、傷痕の配置に縦横に規則性を持たせることと、規則性を持たせないこととの得失を勘案して、当業者が適宜採用できた単なる設計変更である。」(甲第1号証5頁14行ないし6頁1行)としている。

しかし、引用例1は、袋の開封を容易にするために、微細な引掻傷をその端縁線に形成することを開示しているにすぎず、その傷の配列を規則的にするとか、不規則的にするといった意図は全く見られない。まして、引用例1に記載の傷痕は横方向に単列であって、縦方向に傷痕の列はないものである。また、袋の端縁線上に傷痕が必ず交差するように、これを不規則に配列する意図は引用例1のどこにも認められないし、同様の目的で傷痕を意図的に縦横規則的に配列することも本願出願前周知ではない。

当業者が適宜採用できた単なる設計変更というならば、その前提として、少なくとも上記事項が密封袋の開封を容易にする手段として、その作用とともに、当業者において周知でなければならない。しかし、実際には上記のとおり、開封を容易にする目的をもって傷痕を意図的に規則配列にすることも、また同目的をもって特に不規則に配列することも公知文献にすら記載されていないのである。

したがって、上記判断は誤りである。

<5> 審決は、引用例1に記載されたものの傷痕の配置を縦横に整列した配置に変えること自体は、当業者が適宜採用できた単なる設計変更であるとの誤った判断のもとに、さらに、「したがって、引用例1に記載されたものの傷痕の配置を規則性のある配置とするについて、その一形態である千鳥形とすること、すなわち上記相違点は、引用例2に記載された上記発明とに基づいて当業者が容易に採用できたことであるということができる。」(甲第1号証9頁8行ないし13行)と判断しているが、誤りである。

引用例2(甲第4号証)に記載の袋においては、副基材の切れ目や刻み目は開封切り出し後の引き裂きを容易にし、かつ一定の引き裂き方向性を付与するのみで、袋の開封切り出し時の引き裂き抵抗を弱める効果はほとんどないのであって、別途開封手段を必要としているのである。しかも、その手段は、袋の製造、物流過程において不用意に破れるおそれのある大形のVノッチである。引用例2に記載の袋は、千鳥形やほぼ縦横に整列された切れ目が設けられている副素材を使用するが、これは開封切り出し後の引き裂きを容易にし、かつ一定方向にすることに寄与しているだけである。

以上述べてきたことから明らかなように、本願発明と同様に開封時の切り出しを容易にするための手段としての、引用例1に記載されたものの引掻傷の配置を、規則性のある配置とすることについて、またその一形態である千鳥形とすることについて、開封時の切り出しを容易にするための手段としては大形の切欠部(Vノッチ)を示しているにすぎない引用例2に記載された発明からは何ら有益な教示を得ることはできないのである。

したがって、上記判断は誤りである。

(2)  本願発明の顕著な作用効果の看過

本願発明は、密封袋の端縁線上に傷痕がより確実にかかるように形成することができる。この作用により、密封袋を構成するフィルムの厚みが厚い、又はフィルムの強度が強い場合にもより確実に任意の部位から手指の力で無理なく開封できるという顕著な効果を奏する。この効果は、傷痕を千鳥形に配列することにより発現される本願発明の第1の効果である。

また、傷痕を千鳥形配列としても、もし必要な場合には、例えばフィルムが薄い又は強度の弱い場合においては、不用意な開裂を防止するため、傷痕を端縁線の内側に設けることもできる。このようにフィルムの性状に応じて端縁線上に傷痕を形成することも、またその内側に傷痕を形成することも可能であるのは傷痕の配列を千鳥形としたことの第2の効果である。

さらに、本願発明は、密封袋の製造時に問題となるフィルムの両端部の波打ち現象の原因となるフィルムの巻回ロールの両端部の傷痕による耳高を抑制したり、不用意な開裂防止のために端縁部の傷痕の密集度を抑制するという第3の効果を奏するが、これも千鳥形とすることにより発現するものである。

審決は、本願発明の上記作用効果を看過、誤認したものである。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因1ないし3は認める。同4は争う。審決の認定、判断は正当であって、原告主張の誤りはない。

2  反論

(1)  相違点について

<1> 引用例1(甲第3号証)の第4図の実施例を考察すると、砥粒は円筒状研摩材14の表面全体に所定の高密度で不規則に設けられているとみるのが常識であるから、この円筒状研摩材を回転させながら、流れてくるシート1上に接触させた場合、円筒状研摩材14は所定の回転角度範囲にわたってシート1と接触し、ある回転角度位置においてシート面と接触していた砥粒は回転角度が進むにつれてシート面から離れ別の砥粒がシート面と接触するというように、多数の砥粒が順次シート1に接触することになるから、円筒状研摩材14が通過した後のシート1に形成される傷痕は決して単列ではなく、不規則な配列をなした多数の傷痕となる。したがって、引用例1の第4図の実施例においては、傷痕の配列は不規則となり、審決の認定に誤りはない。

引用例1には、「第4図に示した方法でシートの横断方向に多数の引掻傷3を密設したものである。引掻傷3が密集した線の中央線が横方向切断線6である。4は第7図に示すように4方シール型袋にしたとき横方向融着部となるべき部位である。・・・したがってこの場合引掻傷群は横方向融着部の端縁部に設けられている。」(甲第3号証3頁右下欄7行ないし18行)と記載されているから、この横方向切断線6によって形成される開封端線には、幾つかの線状の傷痕が必ず交差した状態になるのは明らかである。また、引用例1の第4図に示された実施例は、シートに傷痕を不規則に配列するものであるから、審決において、「引用例1に記載されたものは、傷痕の配列を不規則にし、その密度を極めて高密度にするものであるから、開封端線に幾つかの線状の傷痕が必ず交差した状態になり、」と認定した点に誤りはない。

<2> 実公昭54-22484号公報(甲第5号証)には、「引裂開始点列2を有する辺aまたはb上の任意の位置で引裂力を加えると、その最も近い位置にある最外部の細孔2′が引裂誘発点となり、形成された引裂部は細孔2″、2〓に伝播して拡大し、以後の引裂開封は極めて容易になる」(3欄14行ないし19行)、「引裂開始点列がエンボス孔や小切込からなる場合も、その作用は前記細孔からなる場合のそれと変わらない」(3欄30行ないし32行)、「どこからでも容易に開封できる」(4欄4行)との記載があり、またその図面を参照すれば、同公報記載のものが、開封端に設ける多数の傷痕を縦横に整列して配列することによって密封袋の開封を容易にしたものであることは容易に理解されるところである。同公報にはさらに、「引裂開始点列を構成する細孔等の大きさを内側ほど小さくしたのは、大きな端裂抵抗をまず比較的大きな細孔によって低下させ、一旦引裂部が形成され拡大して引裂抵抗の低下した以後の引裂は最小限度の細孔等によって引裂抵抗を低下させるためであって」(3欄33行ないし4欄2行)との記載もあるが、これは、傷痕の大きさを内側ほど小さくしたのは開封時の引裂抵抗力の急激な変化を避けるためであることを述べたものである。つまり、傷痕を縦横に整列して配置する際にすべての傷痕を同じ大きさのものとした場合よりもさらに優れた開封性をもたせるため、内側の傷痕ほど小さくしたことを述べたものである。したがって、同公報記載のものは、開封端に設ける多数の傷痕を縦横に整列して配列するという構成を出発点としてそれに工夫を凝らしたものであるということができ、開封端に多数の傷痕を縦横に整列して配列すれば密封袋の開封が容易になるという考え方がもともとの基本線として存在するのである。

<3> 製袋用シートを切断する前に傷痕を形成することを前提とすれば、引用例1記載のもののようにシートに設けた傷痕の配列が不規則である場合は、前記のとおり、必ず多数の傷痕を開封端縁線と交差させることができる。一方、縦横に規則性をもたせて整列させるときは、開封端縁線に対する傷痕の縦列方向の位置の如何によって、傷痕を開封端縁線に対して交差させることも、交差させないこともできる。このことは、例えば実公昭54-22484号公報(甲第5号証)の第3図における切込6等と開封端縁線との位置関係から常識的に推測できることである。

<4> 傷痕の配列を不規則にすることと、縦横に規則性をもたせることを比較したときに、上記<3>で述べた点の他にも、製造容易性、美感等の側面において様々な得失が考えられるが、いずれにしても、審決において、「開封端縁線に対して傷痕を縦列方向に所定の規則性をもって配列するために、引用例1に記載されたものの傷痕の配置を縦横に整列した配置に変えること自体は、傷痕の配置に縦横に規則性を持たせることと、規則性を持たせないこととの得失を勘案して、当業者が適宜採用できた単なる設計変更である。」とした判断に誤りはない。

<5> 引用例2(甲第4号証)には、一方向に多数の切れ目2を規則的に配列したフィルム基材と切れ目を設けないフィルム基材とを積層したシート基材を用いて成形した袋が記載されており、その実施例として開封開始用の切欠部4を開封端に設けたものが記載されている。この切欠部4が開封切り出しを容易にするために形成されたものであることに異論はないが、引用例2には「開封が切れ目または刻み目に沿って簡単にしかも直線的にできるという特徴を有する」(3頁10行、11行)との記載があり、規則的に配列された多数の切れ目2を設けたことによって開封時のフィルムの引き裂き抵抗を小さくしていることは明らかである。このことは、引用例2に実施例として記載された袋が切欠部をもつこと及び切れ目を設けないフィルム基材層を積層していることとは関わりなくいえることである。

なお、引用例2においては、その明細書全体の記載からみて開封のために切欠部4は必ず設けなければならないとする理由はなく、切欠部4を設けず、切れ目2を開封方向に合致させて設けるだけでも開封は容易になるのであって、引用例2においてそのような実施例を想定すれば、切れ目2が開封時の引き裂き抵抗を小さくする効果をもつことを一層容易に理解することができる。

(2)  本願発明の作用効果について

<1> 密封袋の端縁線上に傷痕が確実にかかるようにするためには、傷痕の千鳥形の配列を特定の配列にすること、すなわち、傷痕の長さを傷痕の縦方向間隔よりも大きくし、かつ、隣の縦列との関係において、縦列方向の前後の傷痕の中間に位置するように配列することが必要であるが、本願発明の要旨において、傷痕の配列を上記のような特定の千鳥形に解釈すべき理由はないから、原告の主張する第1の効果は本願発明の要旨外のものである。また、上記効果は、引用例2に記載された切れ目の千鳥形配列から当業者が容易に予想し得た範囲内のことである。

<2> 原告の主張する第2の効果は、傷痕の千鳥形の配列が特定の配列があるとき、すなわち傷痕の長さが傷痕の縦方向間隔よりも小さいときには生ずるが、そうでないとき、例えば傷痕の長さが傷痕の縦方向間隔よりも大きく、かつ隣りの縦列との関係において縦列方向の前後の傷痕の中間に位置するときは、必ず開封端線に傷痕が交差した状態となり、開封端線に傷痕の先端が隣接した状態にすることはできないから、第2の効果は生じない。そして、本願発明の要旨は審決認定のとおりであって、傷痕の配列を上記のような特定の千鳥形に解釈すべき理由はないから、第2の効果は本願発明の効果であるとはいえない。

<3> 原告の主張する第3の効果はそもそも本願明細書中に記載がない。しかも、上記第3の効果は、本願発明が袋の端縁線上に傷痕を設けること、すなわち袋の開封端に傷痕を交差させるものであることを前提としているが、本願発明は傷痕が開封端縁線よりも内側に形成される実施例も含むものであり、その場合には手指による切り出し性がよいとはいえず、上記前提には誤りがある。また、上記第3の効果は引用例2に記載されたものから当業者が容易に推認し得る範囲内の事項である。

第4  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであって、書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。

理由

1  請求の原因1ないし3、及び、審決の理由の要点(1)ないし(3)については、当事者間に争いがない。

2  原告主張の取消事由の当否について検討する。

(1)  引用例1に、融着した端縁線に対し略垂直な細長形状の無数の傷痕を設けて、袋の端縁からの引き裂き開封を容易にした密封袋が記載されていること、及び、回転砥石、ワイヤブラシ、砥粒入りシート材料等によって上記の傷痕を高密度で形成することが引用例1に記載されていることから、上記傷痕の配列は不規則であると推認されることについては、当事者間に争いがない。

(2)  引用例1(甲第3号証)には、傷痕(引掻傷)の形成方法について次の各記載があることが認められる(引用例1の図面については別紙図面2参照)。

<1>  「第1図はロール状に巻回したシートの一部拡大模式図である。1はポリプロピレン製シートであって、断面部2上に回転するワイヤーブラシ(図示せず)を当接させて無数の引掻傷3を設けた。」(3頁左上欄5行ないし8行)

<2>  「第3図は本実施例に用いた巻回シートの他の加工法を示す斜視図である。・・・12は回転軸であり、原反7の切断が深く進むにつれて切断面が両面の研摩材により擦過され、切断と同時に端縁部に多数の引掻傷3が生じ、」(3頁右上欄1行ないし8行)

<3>  「第4図、第5図には他の実施例を示す。・・・14は外周が砥粒面である細い円筒状研摩材であり、シート1上にシートの長さ方向と直角に配置され、回転軸12を中心に回転している。この研摩材14は更に上下動を繰返し、最下位にきたとき移動しているシート1と接触し、シート1は研摩材14表面の砥粒により擦過され、シート1上にシートの長さ方向と平行な無数の引掻傷群をシートを横断する線上に等間隔に形成する。シートの横断方向に引掻傷3を設けるには回転しない線状先端部を有する研摩材をシートの横断方向に備えて上下動させてもシート自身が移動しているため、シートが砥粒に擦過され、引掻傷3を形成する。」(3頁右上欄11行ないし左下欄6行)

<4>  「場合によって研摩材14を移動しているシート1の両端部に接触させて、シートの流れ方向と平行に配置し、回転させればシート端縁部にタテ方向の引掻傷を設けることができる。」(3頁左下欄7行ないし10行)

上記<1>、<2>の各記載及び引用例1の第1図、第3図(別紙図面2参照)によれば、上記<1>、<2>の場合はいずれも、引掻傷が、シートの端縁線にほぼ直角に架かって不規則的に単列に形成されるものであることは明らかである。

上記のとおり、上記<1>、<2>の場合にシートに形成される引掻傷が端縁線に対して単列のものであることは明らかであるところ、引掻傷をシートの端縁線に対して複数列に形成することはこれとは全く異なる態様であり、引用例1では、「製袋前のロール状に巻回された状態のシートの断面部を加工するのが作業性において最もすぐれている。」(甲第3号証2頁右下欄18行ないし20行)として、上記<1>、<2>の方法が望ましいものと教示しているのであるから、仮に、上記<3>、<4>の場合は、引掻傷をシートの端縁線に対して複数列に形成するというのであれば、その旨、あるいは複数列に形成することの必要性なり理由が記載されていてしかるべきであると考えられるが、引用例1にはこれらの点についての記載はないこと、引用例1には、「単位端縁線の長さ1cmあたり少くとも20個、望ましくは100個以上」(甲第3号証2頁左下欄16行、17行)と、端縁線における引掻傷の密度についてのみ記載されていることからすると、上記<3>、<4>の場合も、シート上に形成される引掻傷は単列のものと推認される。引用例1には、この推認を覆し、複数列の引掻傷が形成されることを窺わせる記載ないし示唆は存しない。

被告は、引用例1の第4図の実施例に関連して、砥粒は円筒状研摩材14の表面全体に所定の高密度で不規則に設けられているとみるのが常識であるから、この円筒状研摩材を回転させながら、流れてくるシート1上に接触させた場合、円筒状研摩材14は所定の回転角度範囲にわたってシート1と接触し、ある回転角度位置においてシート面と接触していた砥粒は回転角度が進むにつれてシート面から離れ別の砥粒がシート面と接触するというように、多数の砥粒が順次シート1に接触することになるから、円筒状研摩材14が通過した後のシート1に形成される傷痕は単列ではなく、不規則な配列をなした多数の傷痕となる旨主張する。

しかし、引用例1記載のものにおいて、円筒状研摩材14の表面全体に砥粒が所定の高密度で設けられているとみるのが技術常識であると認めるべき証拠はなく、また、引用例1には、円筒状研摩材の表面に設けられる砥粒の密度、配列、研摩材の回転速度、シートとの接触時間等について記載されていないから、上記のとおりの作動をするものといえるか疑問であり、被告の上記主張はたやすく採用することができない。

(3)  ところで、審決は、「プラスチックフィルムの密封袋の開封を容易にするために、その開封端に設ける傷痕の配列に規則性をもたせて、隣接する傷痕の縦列を横(開封端線と平行)に整列させることは従来周知である(必要なら一例として、実公昭54-22484号公報参照)」(甲第1号証5頁2行ないし7行)、「傷痕の配列が不規則である場合は、必ず多数の傷痕を開封端縁線と交差させることができるのに対して、縦横に規則性をもたせて整列させるときは、開封端縁線に対する傷痕の縦列方向の位置の如何によっては、傷痕を開封端縁線に対して交差させることも、交差させないこともできることは明らかである。」(同5頁8行ていし14行)としているが、これらの説示は、引用例1記載のものにおいて、傷痕(引掻傷)がシートの端縁線に対して複数列に形成されていることを前提としているものと認められるところ、上記(2)に認定のとおり、引用例1記載のものにおいてシート上に形成される引掻傷は単列のものと認められ、単列のものについて、縦横に整列云々ということは問題にならないから、上記説示自体その前提を欠き、当を得ないものといわざるを得ない。

したがって、審決が、上記説示を根拠として、「開封端縁線に対して傷痕を縦列方向に所定の規則性をもって配列するために、引用例1に記載されたものの傷痕の配置を縦横に整列した配置に変えること自体は、傷痕の配置に縦横に規則性を持たせることと、規則性を持たせないこととの得失を勘案して、当業者が適宜採用できた単なる設計変更である。」(甲第1号証5頁14行ないし6頁1行)とした判断は誤りである。

これに反する被告の主張は、引用例1記載の傷痕(引掻傷)がシートの端縁線に対して複数列に形成されていることを前提とするものであって、採用できない。

(4)  引用例2(甲第4号証)には、「薄葉基材と薄葉基材の一方向に切れ目または刻み目を設けた引裂き方向性を有する副基材とを2層あるいはそれ以上互に貼り合わせてなる積層フィルムもしくはシート基材を用いて成形してなる袋。」(実用新案登録請求の範囲、1頁5行ないし9行)、「この積層フィルムを用いて、切れ目の方向が袋の横方向になるよう熱融着して袋体を形成し、開封上部に切欠部を設けた。この袋を切欠部より切り裂くと、切れ目に添って、直線的にしかも簡単に切り裂くことができた。」(2頁19行ないし3頁4行)、「本考案の袋は以上のように薄葉基材と薄葉基材に切れ目または刻み目を設けた引裂き方向性を有する副基材とを貼り合わせてなる積層フィルムもしくはシート基材を、開封方向と切れ目または刻み目方向とが合致するように製袋してなるものであるから、開封が切れ目または刻み目に沿って簡単にしかも直線的にできるという特徴を有する。」(3頁5行ないし11行)、「図中4は開封開始用の切欠部で開封方向に向けて設けてある。」(2頁6行、7行)と記載されていることが認められる。なお、積層フィルムの製袋の引き裂き開封を容易にするための切れ目の配列について、これを千鳥形とすること及び縦横に整列させることが、引用例2の第2図A、第2図C及び実施例の説明に記載されていることは、当事者間に争いがない。

引用例2の上記記載及び引用例2の図面(別紙図面3参照)によれば、引用例2に記載の袋においては、開封開始(切り出し)用として切欠部が設けられており、切れ目や刻み目はそれ自体で開封切り出しを容易にするものではなく、切欠部によって引き裂かれた後、その切れ目や刻み目に沿って、直線的にしかも簡単に切り裂くことができるようにするために設けられているものであると認められる。

ところで、本願発明は、「密封袋の融着部の端縁部の任意の部位から手指の力で容易に切断でき、しかもフィルムの強度を損なわず、加工にあたり異物が混入しない密封袋を提供することを目的」(甲第2号証の1第2頁26行ないし28行)とし、「フィルムの実用上の強度を損なわずに接着部の任意の部位から手指の力で開封することのできる密封袋を提供することができる。又、開封の開始点となる傷痕群を千鳥形としたことにより、使用するフィルムの性状に応じた適切な部位に確実に傷痕群を設けることができる。」(同8頁22行ないし25行)という効果を奏するものであって、端縁部の傷痕は開封開始用のものとして設けられ、適切な部位に確実に傷痕群を設けることができるように千鳥形としたものであるところ、前記認定のとおり、引用例1記載のものにおいてシート上に形成される引掻傷は単列である上、引用例2において千鳥形に設けられている切れ目や刻み目の果たす作用効果は上記のとおりであって、本願発明における傷痕の作用効果と相違することに照らせば、引用例1に記載された傷痕の配置について、引用例2に記載の切れ目や刻み目の配列を適用して、相違点に係る本願発明の構成、すなわち傷痕の配列を千鳥形とすることは、当業者において容易に想到し得ることであるとは認められない。

したがって、「引用例1に記載されたものの傷痕の配置を規則性のある配置とするについて、その一形態である千鳥形とすること、すなわち上記相違点は、引用例2に記載された上記発明とに基づいて当業者が容易に採用できたことであるということができる。」(甲第1号証9頁8行ないし13行)とした審決の判断は誤りであるといわざるを得ない。

(5)  以上のとおりであるから、「本願発明は引用例1に記載された発明と引用例2に記載された発明とに基づいて、本願出願の出願前に当業者が容易に発明することができたものである」(甲第1号証9頁14行ないし17行)とした審決の判断は誤りであり、原告主張の取消事由は理由がある。

3  よって、原告の本訴請求は理由があるから認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)

別紙図面 1

<省略>

別紙図面 2

<省略>

別紙図面 3

<省略>

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